稲葉左官店 稲葉 通元さま
一級技能士/職業訓練指導員
この業界で、地元では「左官の稲葉さん」を知らない人はいないほど有名な方です。私も、その技能と経験、仕事ぶりに敬服する者の一人として、お話しを伺いました。
稲葉さんのところは、ウチと同じで「家業」としてやっていらっしゃいますが、業歴は長いですよね。
稲葉 ええ、長いですね。もう60年になりますね。親父が独立して芹が谷で始めたんですが、80歳を越えたいまも現場に出てきますよ。
いま、私の前にいる稲葉さんご自身も、多くの職人さんを育ててきた大ベテランですが、お父さんは、まさに「左官界のレジェンド」ですね。そうしますと、稲葉さんは子供の頃からお父さんの仕事を見て育ったんでしょうか?
まあ、そうですね。中学、高校の頃からけっこう手伝いましたよ。実は、他のバイトをやるより身入りが良かったんです。(笑)
それでは、その頃から後を継ごうと?
いいえ、まったく考えていませんでしたね。左官という仕事は、いずれ無くなると思っていましたから。
でも、それから40年以上経っても無くならなかった。
そうですね。結局、家業を継いで、いままできちゃいました。左官という職業は、これからもたぶん無くなりはしないけれど、職人の数は減ってますね。風呂にタイルを張る家はほとんど無くなりましたし、壁面もサイディングになった。昔ながらの漆喰の壁はほとんど見られません。「…のようなもの」は便利な製品として出ていますが。(笑) 職人の技が必要とされる領域は少なくなっていると思います。
それでも稲葉さんの技は必要とされています。「職人」とひと言で言っても、長くやれるのには、理由があるんだと思いますが。
ウチは町場、つまり工務店がつくる一般住宅の仕事をしているんですが、中でも費用と時間をかけて建てる、こだわりの施主さんが多いですね。壁面もクロス貼りなら早くて安く上がりますが、塗り壁ならではの味わいや、身体や環境への影響などを考えて依頼される方も。年配ばかりじゃなくて、若い施主さんも結構いらっしゃいますよ。
皆さん、ネットなどでいろんな情報を取っているので、家に求める価値観も、それぞれ違っているんでしょうね。人が生活していくうえで家はとても大きな存在。だから、本物志向の人が、本物の職人の技を必要とするんじゃないでしょうか。
そうだといいですね。(笑) 私は、建材や資材が時代とともに進化していくのは、ごく自然の流れだと思っています。ですから、職人のほうも現代の建築に対応する、新しい意味での「技」が必要になってくる。伝統的なものを大切にしながら、新しい技術を柔軟に取り入れていくことが、いつの時代にも求められているんじゃないかと思います。
ありがとうございました。